廿日市さくらぴあ Tさんと知り合ったのは 一昨年の夏でした
能楽師で人間国宝でいらしゃる梅若玄祥先生のプロデューサー 西尾智子先生を
ご紹介させていただき、
その御縁が
3月7日 新作能 紅天女 の上演に繋がったのです
Tさんの願いが通じたのが嬉しくて
私も 廿日市さくらぴあさん へ
”紅天女”は 美内すずえさんの漫画”ガラスの仮面”の中の劇中劇。
“至高の演劇”とされ、主人公やそのライバルたちが この役を受け継ごうと終生の目標にしています。
漫画ではまだ、結末を語られていない、話題の新作能ですね。
お能の前に ”美内すずえさんのトークショー”
贅沢でしょう
初めてお目にかかる美内すずえ先生は ・・もう、卓越したかただと感じました
失礼ながら、ごく普通の、派手でもなく、特に目立つお姿ではなく、愛らしい立ち姿、
お背も高くなく、人ごみに紛れると わからなくなっちゃいそうな・・
でも、
その穏やかな口ぶり、言葉に責任があるというのかしら、優しく 朴訥とお話になるのに
言葉に力がちゃんとあります
美内すずえさんは 原作者として、そして この能の監修として、
「舞台を締めくくる天女は とにかくとにかく美しく、はっとするような舞であってほしい」
これだけは 頼まれたそう
そして、
じっと聞いていらした梅若玄祥先生は 一言
「わかりました」
と答えたそうです。
先生ご自身は ガラスの仮面の連載をスタートした時から もう 漫画の終わりのストーリーは決めていらっしゃるとか。
この能のエンディングと漫画のエンディングは 少し違うのですが、
心や精神は同じで 酷似しています、
とお話してくださいました。
「わかりやすい言葉で・・」と願った美内先生
その通り、わかりやすい言葉で 今回の舞台 綴られていました。
こちらは 全員に配られたパンフレット。
初めて 狂言の語りなどを聴く方にもわかりやすいように、台本になっています。
”紅天女”は 一人の仏師が かつて世の乱れを鎮めたという梅木彫りの天女像を求めて旅をするうちに、
天女像の生みの親 一真 と 梅の木の化身 阿古夜 が出会った紅谷に迷い込む、というストーリー。
仏師を演じる福王 和幸先生は
仏師から 一真に 一瞬にして変わられます。
驚く人格の変化に さすがプロ・・・
そして、すがすがしい立ち姿は 漫画のイケメン男性のようだったわ~
宝塚歌劇団の特別顧問 植田紳爾先生が脚本、
「自然との共生」「自然に対して 人間は横暴すぎないか?」というテーマを大切に、
自然を敬う姿は
狂言の”東の者””西の者”のセリフによく表れて わかりやすかったと感じています
狂言は 茂山七五三(しめ)先生、茂山千三郎先生ご兄弟。
西の国、東の国、この先には入るなよ~なんて国の境界を話していた者たちが
「西も東もあるものか 国の境もあるものか」
「命あってのモノダネじゃ、共々 逃げるとしよう」
富士山の噴火を見て そこから起こる災害に 共に手を携える・・
そして
「この世は我々だけのものではなく、生命あるすべてのもの
我々が天地を愚かにし、神を逆らう所業の輪廻」
と人間の愚かさを こっけいな笑いも交えながら、
「天地に素直になるといたそう」
と語ります
国境を ちょいと足でまたいで、
あ、おまえ またいだだろ、またいだだろ????!!!!
とツッコミがあったり、
ガラガラガラ
ペタペタペタ
と幼稚園生の様な擬音語を 七五三先生や 千三郎先生の重鎮が大きい声で演じられるのも
また、面白い
阿古夜を演じるのが 梅若玄祥先生。
「我、一真の心に触れ 人の苦しみ受けし上は 紅の天女となりて 世の行く末眺め続けん」
そして、
紅天女に昇華(って言葉がぴったりの感じだったんですよねえ・・)いたします。
混沌とした世界に平安をもたらすには、
梅の木で天女像を作るしかない。
しかし その
梅こそ 愛しい阿古夜・・と一真は悩むのですが、
阿古夜は 紅天女となり 光り輝き
神と人との恋語り、世の平安を望みし、二人は何処へ・・
夢覚めし 仏師の前に咲き誇りし梅の花、ひとり見つつ夢覚めぬ、紅の夢は覚めにけり
阿古夜という女性は美しく、まだ 人のぬくもりがある人間の女性、
紅天女は もう 神々しいという言葉が似合う、自然界を守る、人間と繋ぐ天女なんです
梅若先生のその変化が
あまりに素晴らしく、目をみはるばかり・・感動するばかり・・
天女の舞は この舞台のまさしくクライマックス
面をつけていらっしゃるのに、天女の表情が手に取れるようでした
「木のことは木に聞け。水のことは水に聞け。」
私たちは 自然とどう向き合っていくか・・
壮大なテーマと 目の前の天女の美しさに圧倒される午後です